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テルマガ第155号 2016.1.8

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新しい年も、1週間を刻みました。いかがお過ごしですか?
年末に本の整理をしました。
12/23にOpenした「いばや通信局」通称『坂爪ハウス』で図書館のような
ものをスタートすると聞き、良い機会だと思ったので。
きっとまた読むだろうと思いながら手に取らない本たちを寄付しました。

その中に、ニールドナルドウォルシュの「神との対話」シリーズがあり、
ポストイットだらけのページをめくりつつ
過去の自分が感動した言葉を味わう時間を持ちました。
25年前の自分と出会う感じです。
二―ルドナルドウォルシュ氏の会員になって、本の毎月のレター通信が
楽しみでなりませんでした。見開きに10枚ものポストイットが貼ってある
ページがあり、思わず自分で自分に笑ってしまいました。
一節をご紹介しますね。

【あなたがたは常に神と対話し、常に神との友情を楽しみ、常に神と
一体である。わたしは時の終わりにさえ、常にあなたがたと共にいる。
あなたがたと共にいないことはありえない。わたしはあなたであり、
あなたはわたしだから。それが真実で、ほかはすべて幻想だから。
あなたが示す今日の人生(lefe:生命)の真実は、明日のあなたの
人生(lefe:生命)の真実の究極的な預言なのだから。
だから、あなたは預言者になる。あなたがたが変えることを選べば、
世界は変わる。あなたがたの仕事は自分で思う以上に世界を癒し、
明日を超えるところまで届くだろう。これはすべて真実である。
なぜなら、あなたがたはわたしとの一体化という驚異を、自分のなかで、
自分として、自分を通じて実現することを選んだのだから。
たびたびそれを選択して、わたしの世界に平安をもたらしなさい。
わたしの平安の手段になりなさい。

憎悪があるところでは、愛を蒔きなさい。
傷ついているところでは、赦しなさい。
疑いがあるところでは、信じなさい。
絶望があるところでは、希望をもちなさい。
闇があるところでは、光になりなさい。
悲しみがあるところでは、喜びになりなさい。
慰められるよりも、慰めることを求めなさい。
理解されることよりも、理解することを求めなさい。
愛されるよりも、愛することを求めなさい。

あなたは愛であり、常に愛だったのだから。
存在するのはこれまでも、これからも、愛だけなのだから。
あなたがたは人生を生きる真実を求めてきた。それをもう一度、
ここで与えよう。愛になりなさい。我が愛する者よ、愛になりなさい。
あなたがたは愛であり、わたしは愛であり、われわれがめざすものは
常に愛しかないのだから。だから愛しなさい。】

今なら、私たちの本質が『愛』であることが心に響きますが、
25年前の私は、いつも『愛』を捜し求めていました。自分の外側に。
もう苦しくてツラくて…もがいていました。
『愛』イコール『マザーテレサ』を強くイメージしていた頃で、
『マザーテレサ』の説く『無償の愛』ってどんなだろう?と、
あるマザーテレサの世界団体『愛の宣教師教団Japan』に連絡をし、
炊き出しの手伝いにも出掛けました。が、浮浪者や日雇いの人々の
スープ作りですが、その人々の体臭と山谷界隈に漂う臭いに負けてしまい、
吐きっぱなしでした。逆に介抱され、タクシーに乗せられて帰宅する始末。
これじゃ~とてもカルカッタ本部の仕事はムリだと諦めました。
本部で半年間ボランティア活動をしてきた人から、道端に倒れる
半死人のキズにうごめくウジ虫をピンセットで取り除いた話も聞き、
更に絶望的に諦めました。

私には『愛』が足りない…『愛』の行動が出来ない、と、
1人センチメンタリズムに浸っていました。25年を経て、特に成長も
していませんが、『無償の愛』とか『愛しっ放し』は私には難攻です。
子供を産んでいないので。母性愛未体験です。女なのに。
犬たちに愛情大爆発で接していますが、『愛』そのものかどうかは
疑わしい。やはり愛玩犬。愛する対象には間違いありませんが、
命に代えても…のレベルかしら…?たぶん…だとは思います…。
自分が『愛』そのものの行動が出来ているのかどうか?
その『愛』そのものの行動と、お世話焼きとお節介の境界線が、
よく判りません。私は間違いなくお節介です。このお節介行動に
『愛』はあるのか?と聞かれると、自己愛はあります。
お節介を焼いていて満足感があるので。相手からは大概『お構いなく』と
言われ、ウザがられるケースも多々あります。
『愛』そのものであれば、その場が『愛』で溶けそうです。
今の世の中、個人主義というか、殺伐として人間関係がドライで
乾いている。相手の縄張りには踏み込まない。
でも、そんな世の中だからこそ、私みたいなお節介ババァが居ても
いいのでは。なんて自己防衛しています。

私のお節介のルーツは?何なんだろう?結局は、自分が淋しくて
優しくされたいから、過剰な行動に出てしまうのかもしれません。
人は誰だって淋しさを抱え、優しくされたい!
そっか~。「人に優しくする!」であれば、お節介にはならないかも
しれません。「人に優しく!」このスタンスで、
人とのお付き合いを極めてみたいと思います。

元旦から私のウチで大ケガをされた方がおり、近くの大学病院に
お見舞いに通っております!コーヒーがお好きと伺い、
朝・昼・夕と食後のコーヒーと、小さなスウィーツを持って行きます。
2日目には、「こんなにして頂いては…どうぞお構いなく」と言われ、
仕事も始まりましたので、朝のお見舞いだけにしました。

誰が大ケガを?

年末のX’masイブに私に求婚して下さった方です。
元旦の御節にお招きし、その帰りのこと。
私は夕方から別の会場の新年会に出席しており、病院に駈け付けた時には
ICU・集中治療室でした。後頭部を8針縫われ、頸椎が損傷…
手足どこかに後遺症としてマヒが残ると言われてしまいました。
ウチで転ばれたことが原因での大ケガ。ただ、ただ、申し訳ない気持ちで
一杯です。

病院で、「ご家族ですか?」「ご親族ですか?」と聞かれる中、
「友人です」「ご親友の姪です」と答えていましたが、
大ケガ人が‘私のフィアンセ’と呼ばれ、病院スタッフは大きな口が
開いたまま…何たって30歳年上ですから。この噂はまたたく間に広がり、
ICUにも入れ、休日、早朝の面会も出来ています。
初めて会ったクリスマスイブから元旦までの1週間で、求婚者から
許嫁までに格上げとなりました。私も幸せでなりません。

他人は『財産あるの?』とか『介護しに行くようだね』とか言います。
私にとっては‘父の再来!’なのです。自他共に認めるファザコンで、
父の亡き後、心に大きな穴が開いたままでした。
もちろん父との楽しい思い出が沢山ありますのに、思い返すことは
後悔ばかり。この2年間ずっと、お悔やみ中でした。
あんなに好きだったコーヒーを飲ませず、生姜紅茶を飲ませ、
あんなに美味しそうに食べるのにお菓子を厳しく制限して、
「あ~幸せだね」と毎晩笑顔で晩酌しているのに2杯まで!と鬼娘でした。
まさか突然自宅で昼寝をしたまま死んでしまうなんて…
お仏壇やお墓に、コーヒーや山ほどのお菓子・お酒を供えても、
悔いが残ったままでした。

ところが、大ケガ人の登場で一変したのです。神様の計らいでしょうか?
父が入院していたのと同じ病室です。せっせとコーヒーやお菓子・お花を
差し入れながら、凝り固まっていた‘後悔’が癒され、
流れ動き始めたのです。「ありがとう!」と笑顔を返される度に、
舞い上がりたくなる嬉しさです。‘後悔の種’も‘恩の種’も、
受けた本人に返さなくては…と躍起になりますが、死んでしまった後では
どうにも出来ません。本人に返せなくとも『この方に』という人に
せっせと返すことで癒されていく自分を体験しています。
心がどんどん軽やかになっていくことを、実体感しています。
コレってすごいことですよね。

本来ならば、魂の負債として来世に課題として持ち越すところを、
今世で返せているのです。朝のお見舞いタイムは、彼の85年間の生き様の
話しに耳を傾け、私の55年間の傷だらけの人生の話しに同情を受け、
今日のリハビリの計画を話し、退院をしたらこうしてああして…と、
過去・現在・未来の時間がフュージョン混在しています。
85年+55年+今+未来、話しが尽きないハズです。
あっと言う間のお見舞いタイム1時間です。

私はこうして、悔やみきれない後悔を自分で癒すセルフヒーリングが
出来る機会に恵まれました。元々、年齢も自覚し、結婚願望はとうに無く
1人でしっかりと自分を養う準備をしていました。己れで己れを
『どうしてお前はこんなにお金が掛かるんだ!』とののしり、
ローンを毎月払って、母と叔母2人に未亡人の世話をし、犬たちを
可愛がり、仕事も楽しくてこの現実から逃避したいなんて思ったことも
ないのです。ただひたすらコツコツと続けて行く覚悟でした。
現実逃避したい~、こんなハズじゃないハズ~と思い続けると、
ずーっと現実逃避したい現実が目の前に現れ続け、
こんなハズじゃないハズなことが起こり続けます。

全ての現実を受け入れること!
私たちの目の前に起こることは、私たちの内面宇宙を映しています。
変わるべきは自分だけなのです。
今、自分の人生に光と希望を感じています。心から「神さま」に
計らいを感謝しています。自分の未来にワクワクしているのです。
期待しているのは「自分」であって、大ケガ人の「フィアンセ」でもなく
「神さま」でもありません。神さまとは「何も必要としない」存在であり、
「全てを創造した」存在でもあり、「ただ在る」存在です。
今年は早々から、自分を幸せにするヒントと神様との良き関係を築く
ヒントを頂きました。ありがとうございます。

——■『バランカ』のオリーブオイルがゴールドメダリストへ————

昨年より取り扱っております『バランカ』のオリーブオイルが、イタリアで
開催された世界のオーガニックオリーブオイルコンテスト「Bio1」において
金賞を受賞しました!!

やっぱり~!でしょっ!!の気持ちで一杯です。
元々、オリーブオイルの香り・チリチリする舌触り・味が苦手でした。
なのに、この『バランカ』だけは大好きです。ハーブのような
アーティチョークやアーモンドの香りがして、美しい黄緑色で。
舌触りはトロンとした優しい感触で、ちっとも油っぽくない!
オリーブオイルのイメージを覆されました。

『バランカ』のオリーブオイルの産地は、イタリア半島をブーツに
イメージをするとつま先にあたり、最南端カラブリア州のイオニア海に
面する地域Siderno(シデルノ)です。ギリシャ時代からオリーブの産地!
この土地にだけ生息するカロレアという珍しいオリーブの品種で作られています。
カロレアのオリーブの実は品種改良されておらず実が痛みやすいので扱いが難しく、
優秀な作り手によって上品で芳しいオリーブオイルになると言われている品種です。

『バランカ』オリーブオイルの作り手バランカファミリーは、
単一品種にこだわり、カロレア種オリーブの木と生活をし、オリーブオイルを
知り尽くしています。バランカ農園では、熟れたオリーブの実を自社の搾油所で
コールドプレス製法で搾油。低温圧搾28度以下で搾られたオリーブオイルは
15度に温度管理され、3ヶ月をかけて自然沈殿後、ボトリングされています。
空輸にも運送にも、しっかりと温度管理をされて日本に届いています。
ぜひ、ご家庭でも15度以下で保存されて下さい。
『バランカ』オリーブオイル、オーガニックオイルコンテスト金賞受賞!
誰よりも『バランカ』ファミリーの皆様へ、
「おめでとうございます。ありがとうございます」をお伝えしたいです。

——■ランドリーソープナッツでお洗濯すると—————————–

ランドリーソープナッツは、10粒を小袋に入れ、お洗濯モノと一緒にお洗濯をし、
途中、取り出すことなくそのまま洗い上げ、小袋も洗濯モノのように一緒に
干して乾かします。汚れを洗い落とす働きと柔軟剤の働きもしますので、
干した洗濯モノの肌触りがすごくナチュラルで気持ちいいです。

これ以上の地球に優しいお洗濯はない!と気に入っていましたが、
仙台のお客様から、ランドリーソープナッツでお洗濯すると
お洗濯モノの波動が上がり、干しているお部屋の波動も上がりますね!と
メッセージを頂きました。嬉しい!!
気持ちがいい!とか、心地がいい!って、波動が上がることなのですね。

今週も最後までお付き合い頂きましてありがとうございます。
それでは、本日はこのへんで。 ムラキ テルミ

エル・シャン ウェブストア
http://www.el-sham.com/ 

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