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ムラキテルミ 村木 昭文

バイヤー&セールスパーソン、マクロバイオティック料理研究家。

1982年、ハナエ・モリに入社。のちに資生堂・ザ・ギンザを経て、住友商事、OTTO、ジュピターショップチャンネルを最後に退社。

テレビ通販では370億円という驚異的な売上げを達成し、テレビ東京「ガイアの夜明け」にカリスマバイヤーとして出演。

  • 2008年8月日本で初めてのバイイング&セールスオフィス 株式会社エル・シャンを設立。
  • 2009年5月肝臓ガンで6ヶ所の大病院から余命3ヶ月を宣告される。
  • 2009年8月「1日1食」ジュース断食をスタート
  • 2010年10月に完治!

著書に「ガンは自宅で治す!」「お金に愛されると絶対お金に困らない!」「幸せ変換ノート」「運命の女神に愛されると素敵な奇跡が次々起こる」「人生が輝く心掃除の魔法」(KKロングセラーズ)「ジューシーガールダイエット」(ぜんにち出版)など

※撮影・中村 大 「健康」主婦の友インフォス情報社刊より

MESSAGE FROM TERUMI

2009年5月に、肝臓癌で、余命3~半年と、6件の大学病院で診断を受けました。東京での仕事をすっかり諦め、自宅と事務所の荷物を熱海に引っ越しました。その引っ越しの時に、書棚から1冊の本が落ちてきておデコに当たったのです。
これが私の運命を変え、奇跡を起こすことになりました。
以来、1日1食・ジュース断食を続けることで、毎日23時間断食を続けています。

「1日1食」ジュース断食を実践を始めて、13ヶ月で、ゴルフボール大の肝臓癌腫瘍が消えてしまいました。
自己融解して溶け出してしまったのです。
今は、癌に向き合われている方に、どなたでも家庭で出来る実践法を
アドバイスすることが出来るまで健康になりました。 熱海に暮らし9年。
「1日1食」ジュース断食生活も10年になりました。
「なぜ?「1日1食」生活を続けているの??」と質問をよく受けます。
それは、もう二度と癌は御免だからです。

ムラキテルミ

病気の始まりから、私の体に起きた変化を年表にしてみました

子ども時代

虚弱体質でガリガリにやせていた

朝礼で長時間立ち続けることができず、よく倒れていた。
プールの授業では手足を水につけただけで唇は真っ青、歯はガチガチ鳴っていた。

思春期

通学の電車内で貧血の発作をよく起こしていた

低体温・低血圧で、高校時代は月経のたびに貧血で倒れていた。保健室で休んでいることが多く、保健の先生と顔なじみに

成人後

激務の日々を過ごす

自分の体との付き合い方がわかり、月経も安定して貧血のめまいは減ったことで、仕事の忙しさに耐えられるようになった。汗をかかない体質で、それが自慢だった

1991年

腎臓病(右腎盂炎)を患う

1年間、利尿剤を飲まないと尿が出ない状態だった。人工透析だけは避けたいと考え、アメリカに渡って自然療法とマクロビオティックを学び、実践。

2007年

複雑骨折をし鎮痛剤を大量服用

3回の手術を受け、11ヶ月入院。鎮痛剤だけでなく、睡眠導入剤、抗うつ剤にも頼るようになり、
退院後も1日16錠の薬剤を服用、2年間で、1万7千錠の鎮痛剤を摂取!

2009年2月

急性肝炎を発病

悪寒と吐き気とのぼせ、めまいに襲われる。検査を受けるとγ-GTPが100IU/Lを超えていた(正常値は50以下)

2009年5月

肝臓ガン発病!!

p>肝臓の腫瘍マーカーの数値が加速度的に上昇し、AFP:肝臓癌腫瘍マーカーが3000を超える。
5月にはゴルフボール大のガンが見つかり余命3~6ヶ月と宣告される。

2009年7月

6カ所の病院をめぐる

治ると言ってくれる医師を探して6カ所の病院をまわる。その間も腫瘍マーカーと肝機能の数値は悪化。
そして、「1日1食」ジュース断食をスタート

2016年

ガン発病前より元気に!

2010年秋に肝臓ガンは消え、現在も再発はしていない。

現在は…

体重も増え、顔色もすっかり健康的に。

「1日1食ですが、やせ過ぎることはありません。1日3食はあきらかに食べ過ぎです」
癌だけでなく、病気の根本治癒は抜本的な体質改善の道が最善。